アドルフ・ハーンフーバー

アドルフ・ハーンフーバー(Adolf Halmhuber, 生没年不詳)は、ドイツ出身の宣教師で、米国福音教会から派遣され、日本で活躍した。

ドイツのシュトゥットガルトに生まれる。工芸学校で学び、ストラスブール大学ジュネーヴ大学バーゼル大学神学を学ぶ。1871年に米国福音教会ドイツ年会の牧師に就任する。1873年にスイスベルン牧師をする。

1875年にアメリカ福音教会初の海外伝道宣教師に任命される。1876年に渡米し、ノースセントラル大学で学び、11月にフレデリック・クレッカーレイチェル・ハドソンと共に来日する。横浜で活動し、信仰入門書の和訳を試みる。1877年に大阪に転じる。1877年フレデリッケ・ケチェレ(Frederike Kaechele)と結婚する。

1878年に熱病に倒れ、箕面で静養する。翌年1879年に回復して日曜学校を設立する。1881年再び健康を害する。1882年に大阪を去り、6月に日本を離れ、8月にドイツに帰国する。

著書

  • Japan und die Christliche Missions

参考文献

幕末・明治前期の来日宣教師(1859年 - 1890年)
日本のキリスト教史
カトリック
パリ外国
正教会
ロシア正教

ニコライ(1861) · アナトリー(1873) · ウラジーミル(1878)

聖公会
CMS
SPG

W・B・ライト(1873) · A・C・ショー(1873) · H・J・フォス(1876) · A・ロイド(1884)

ECUSA

E・サイル(1858) · J・リギンズ(1859) · C・M・ウィリアムズ(1859) · H・E・シュミット(1860) · J・カノヴァー(1863) · A・R・モリス(1871) · H・ラニング(1873)  · F・R・ピットマン(1877) · T・S・ティング(1878) · J・マキム(1880) · J・M・ガーディナー(1880) · E・J・フルベッキ(1883) · F・W・ハレル(1884)

MSCC
改革・長老派
米国長老
オランダ改革派

S.R.ブラウン(1859) · D・シモンズ(1859) · G・H・F・フルベッキ(1859) · J・H・バラ(1861) · H・スタウト(1869) · M・E・キダー(1869) · C・H・H・ウォルフ(1871) · L・L・ジェーンズ(1871) · M・N・ワイコフ(1872) · J・L・アメルマン(1876) · E・S・ブース(1879) · H・ハリス(1884) · A・オルトマンス(1886)

スコットランド
カンバーランド
南長老
RCU
メソジスト派
米国監督
カナダ

E・W・クラーク(1871) · G・コクラン(1873) · D・マクドナルド(1873) · C・S・イビー(1876) · G・M・ミーチャム(1876) · M・カートメル(1882) · J・G・ダンロップ(1885) · J・W・サンビー(1886) · J・K・マンロー(1888) · I・S・ブラックモーア(1889)

米国南監督

J・W・ランバス(1886) · W・R・ランバス(1886) · S・H・ウェンライト(1888) · J・C・C・ニュートン(1888)

米国美普
米国福音

A・ハーンフーバー(1876) · F・C・クレッカー(1876) · R・ハドソン(1876)

会衆派
AB
バプテスト派
ABMU
BMS
ディサイプルス
基督教会

C・ガルスト(1883) · G・スミス(1883)

フレンド派
キリスト友婦人
ブレズレン系
プリマス
超教派
WUMS
新神学系
独普及福音
米国ユニテリアン
ユニヴァーサリスト
関連事項
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