耳鳥斎

耳鳥斎
ヒト
性別男性 編集
国籍江戸幕府 編集
読み仮名にちょうさい 編集
職業画家浮世絵師 編集
弟子鉄鳥斎 編集
活動開始1772 編集
活動終了1801 編集
ジャンル肖像 編集

耳鳥斎(にちょうさい、宝暦元年(1751年)以前[1] - 享和2-3年(1802-03年)頃)とは、江戸時代大坂浮世絵師戯画作者。

来歴

狩野派の小柴隼人の門人。姓は不明。名は半三郎。俗称松屋半三郎[2]。戯作号を酒中仙といった。京町三丁目新難波橋付近に住んでいた。元来は酒造家であったが、家産を使い果たして骨董商を営んだという。絵を描き始めたのは骨董商になってからと推測される(大久保常麿『松屋耳鳥斎』 大正9年(1920年))。安永から天明期を最盛期として寛政まで活躍した。略筆体で人間の手足を細く描いた個性的な鳥羽絵 で知られており、滑稽の才に富み、極めて軽妙な筆使いによって、粗画でその意を表すのに妙を得た。天明期には耳鳥斎の扇面が非常に流行したといい、肉筆画も多数あり、また、義太夫に巧みであった。

安永9年(1780年)の三都の芝居名優似顔絵集『絵本水也空』3巻3冊、天明7年(1787年)の大阪の変人16人を取り上げその奇行ぶりの一端を戯画化した『画話耳鳥斎』4巻4冊、寛政5年(1793年)刊行の『軽筆鳥羽車』3冊、享和3年(1803年)の京阪の年中行事を描いた『絵本かつらかさね』[3]、文化2年(1805年)の『絵本古鳥図加比』(えほんことりのつかい)三冊などを著しており、何れの作品も異彩を放っている。『絵本かつらかさね』の序文に「嗚呼南無三寶今也則亡矣」とあり、この版本は耳鳥斎没後の出版で、この少し前に亡くなったとみられる。同著では、耳鳥斎はよく「世界は此れ即ち一つの大戯場」だと語っていたという記述があり、また耳鳥斎は「非僧非俗以酒為名」(白文方印)と彫られた人を食ったような印章を用いており、堅苦しい世間を笑い飛ばす耳鳥斎の姿勢が窺える。

画風

師は狩野派の絵師とされるが、作品には狩野派の影響は殆ど見られない。鳥羽絵で評判を得たが、耳鳥斎自身は手足が長いだけの鳥羽絵と一緒にされては心外だとし、自らが目指すのは鳥羽僧正の高みだと語っている[4]。しかし研究者からは、やはり耳鳥斎は鳥羽絵の影響を少なからず受けたことが指摘されており、他に鳥羽僧正は元より大津絵、江戸中期の画僧明誉古磵や、与謝蕪村の戯画俳画との類似が認められる。

『鳥羽絵手本』では「浪花津に梅がへならで耳鳥斎、降る金銀に扇に取る」と歌われ、扇面画を多く描いたとされるが、現存数は5点ほどである。他に『仮名手本忠臣蔵』を題材にした肉筆画が複数確認されている。版本では役者絵本『絵本水や空』の画風は、上方役者似顔絵発生の一基礎となり、ほぼ同時代に活躍した流光斎如圭およびその門人たちに引き継がれた。また、戯画に見られる独創的な発想は、宮武外骨岡本一平など、後の狂画に大きな影響を与えている。

なお耳鳥斎の絵は、とりわけ大正期から第二次世界大戦にかけて人気が高く、画風が一見稚拙で素人風にも見える事からか、贋作が数多い。また相前後する時期に、「越鳥斎」や「鉄鳥斎」など「鳥」の字がつく画人が大阪におり、彼らの筆と思しき作も耳鳥斎と極めて似た味わいを見せる物が多いという[5]。鑑定には当然、作品自体の熟視や、落款や基準印の確認が求められるが、他の着眼点として耳鳥斎はかなり達筆であり、画面中の墨書が下手な作品はまず贋作と考えて良い[6]。また、新しい本紙に、立派な表具を施した作品に贋作が多いという[7]

作品

版本

  • 『絵本水や空』 絵本 耳鳥斎作 画讃と跋は銅脈先生 安永9年(1780年)
  • 『歌系図』 流石庵羽積作 流光斎らと共画 天明1年(1781年)
  • 『画話耳鳥斎』 絵本 天明2年(1782年)[8]
  • 『嵐小六過去物語』 絵本 耳鳥斎作 寛政9年(1797年)
  • 『絵本古鳥図翼比』 絵本 文化2年(1805年)

肉筆画

作品名 技法 形状・員数 寸法(縦x横cm) 所有者 年代 款記・印章 備考
練物図 紙本淡彩 扇面 太田記念美術館 天明寛政
桜狩人物画讃 紙本淡彩 1幅 鬼洞文庫
大石氏祇園一力康楽之図 紙本墨画淡彩 1幅 関西大学図書館 無款 画面左に墨書「大石氏祇園一力康楽之図 英一蝶画耳鳥斎写」
月見猩々図 紙本墨画淡彩 1幅 福岡市博物館 款記「耳鳥斎」/「父好銭母好酒我守是」白文方印
戯画巻 紙本墨画淡彩 1巻 福岡市博物館 款記「耳鳥斎」/「耳鳥斎」白文方印・関防印「耳鳥」朱文長方印
仁王之図 紙本墨画淡彩 双幅 個人 款記「壽百六歳半分 耳鳥齋画」/「非僧非俗以酒為名」白文方印
天狗寿老鼻頭くらべ 紙本墨画 1幅 京都府京都府京都文化博物館管理) 款記「耳鳥斎」/「非僧非俗以酒為名」白文方印
太夫禿 紙本墨画 1幅 84.6x31.6 日本浮世絵博物館 款記「耳鳥齋」/「非僧非俗以酒為名」白文方印 岡田玉山との合作で、耳鳥斎が花魁、玉山が禿を描いている。耳鳥斎が主役の太夫を描いていることから、耳鳥斎の方が年上とも取れる[9]
忠臣蔵画巻 紙本墨画淡彩 1巻10図 28.1x781.6 大英博物館 無款
関羽像 紙本墨画 1幅 116.7x44.8 大英博物館 款記「耳鳥斎一世之畫」/「耳鳥図書」白文方印・「御夢堂」朱文方印
仮名手本忠臣蔵 紙本墨画淡彩 10幅 個人 款記「浪華耳鳥斎」あるいは「耳鳥斎」/「黒松」朱文方印あるいは「父好銭母好酒我守是」白文方印
別世界巻 紙本墨画淡彩 1巻21図 関西大学図書館 1793年(寛政5年)頃 「非僧非俗以酒為名」白文方印・「耳鳥斎房」白文方印
地獄図巻 紙本墨画淡彩 1巻 大阪歴史博物館 1793年(寛政5年3月) 関防印「卍盃」朱文ギヤマン型印・「非僧非俗以酒為名」白文方印・「耳鳥斎房」白文方印
地獄図 絹本著色 1巻 27.6x1304.3 熊本県立美術館 1793年(寛政5年5月) 関防印「排新人惟舊」白文長方印・「非僧非俗以酒為名」白文方印・「耳鳥斎房」白文方印
十二ヶ月図 紙本墨画淡彩 双幅 関西大学図書館 款記「耳鳥斎(花押)」

脚注

  1. ^ 享年と、双幅「仁王之図」(紙本墨画淡彩、個人蔵)の款記から逆算。「仁王之図」には「壽百六歳半分 耳鳥齋画」とあり、106歳の半分、すなわち数え53歳までは確実に生存していたことがわかる。
  2. ^ 『原色浮世絵大百科事典』第2巻は松尾平三郎とする。
  3. ^ のち『耳鳥斎画譜』と改題されて再版。明治末年に『歳時滅法戒』の題で宮武外骨により再摺。画賛者は、大田南畝、畠山観斎、大伴大江丸など当時の著名人が名を連ねている。
  4. ^ 耳鳥斎の絵巻模本(個人蔵)の書付。
  5. ^ 井溪(1998)p.23。
  6. ^ 中谷伸生 「耳鳥斎のアーカイヴズ化」『関西大学文化研究センター ディスカッションペーパー』vol.5、2013年3月、p.28。
  7. ^ 中谷伸生 「関西大学創立120周年記念講演会 大坂画壇の絵画」『関西大学図書館フォーラム』第12号、2007年、p.25。
  8. ^ 『原色浮世絵大百科事典』第2巻は天明2年とする。
  9. ^ 中谷伸生 2015, p. 4.

参考文献

研究書
  • 中谷伸生『耳鳥齋アーカイヴズ : 江戸時代における大坂の戯画』関西大学出版部〈関西大学東西学術研究所資料集刊〉、2015年。ISBN 9784873546070。 NCID BB18390733。全国書誌番号:22585763。https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026297622-00 
図録
論文
  • 井溪明 「耳鳥斎 -浪華の風逸画人をめぐって-」『近世大坂画壇の調査研究-大阪学調査 研究報告書1』 大阪市立博物館、1998年3月、pp.19-23
  • 中谷伸生「耳鳥齋 ある忘れられた戯画作者 (特集 越境する美術史学) : (視覚文化研究(ヴイジュアル・カルチャー・スタディーズ)の可能性)」『美術フォーラム21』第6巻、美術フォーラム21刊行会、2002年、91-97頁、NAID 40005589643。 
  • 山口真有香「耳鳥斎の役者姿絵に関する一考察 : 『梨園書画』を中心に」『人文論究』第57巻第4号、関西学院大学、2008年、1-19頁、ISSN 0286-6773、NAID 110007156068。 
  • 中谷伸生「耳鳥齋の戯画と東アジアの美術交渉ー文化交渉学研究の一つの方法試論ー」『東アジア文化交渉研究』第6巻、関西大学大学院東アジア文化研究科、2013年、27-41頁、ISSN 1882-7748、NAID 120005687516。 
  • 中谷伸生「耳鳥齋アーカイヴズ : 新資料十件をめぐって」『関西大学アジア文化研究センターディスカッションペーパー』第11巻、関西大学アジア文化研究センター、2015年、3-27頁、ISSN 2187-0705、NAID 40020581438。 
  • 中谷伸生「耳鳥齋の版本挿絵における作風展開」『関西大学東西学術研究所紀要』第48巻、関西大学東西学術研究所、2015年、1-29頁、ISSN 0287-8151、NAID 120005620691。 
  • 中谷伸生「耳鳥齋による戯画の源泉」『關西大學文學論集』第67巻第3号、關西大學文學會、2017年、61-79頁、ISSN 0421-4706、NAID 120006453413。 
  • 宮尾與男 「近世戯画『地獄絵巻』ほかの新資料発見―上方戯画史を埋める鳥羽絵・耳鳥斎などの史料発掘」『日本古書通信』 日本古書通信社、2018年2月号、pp.2-4
概説書
  • 藤懸静也 『増訂浮世絵』 雄山閣、1973年
  • 日本浮世絵協会編『原色浮世絵大百科事典』第2巻 大修館書店、1982年 ※79頁
  • 吉田漱『浮世絵の基礎知識』雄山閣、1987年
  • 吉田漱『浮世絵の見方事典』 北辰堂、1987年
  • 『日本の笑い ─遊び、洒落、風刺の日本美術』 コロナ・ブックス編集部(平凡社、2011年) ISBN 978-4-582-63462-4

関連項目

  • 大島真寿美『結 妹背山婦女庭訓 波模様』(文藝春秋、2021)ー耳鳥斎が登場する。
ウィキメディア・コモンズには、耳鳥斎に関連するカテゴリがあります。
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