佐伯良謙
佐伯 良謙(さえき りょうけん、1880年(明治13年)10月28日 - 1963年(昭和38年)3月8日[1])は法相宗、聖徳宗の僧侶。第104代法隆寺管主。初代聖徳宗管長。
奈良県生駒郡斑鳩町生まれ[1]。1888年(明治21年)より興福寺に入寺し、唯識を学ぶ。1905年(明治38年)法相宗勧学院研究科を卒業[1]。1943年(昭和18年)に大僧正となる[1]。1950年(昭和25年)佐伯定胤管主の後を継いで第104代法隆寺管主となり、法相宗管長にも就任[1]。1951年(昭和26年)法相宗から離脱し聖徳宗を起こす。また焼失した法隆寺金堂の復旧に尽力する。1963年(昭和38年)死去。82歳没。
脚注
- ^ a b c d e 佐伯良謙『夢幻鈔 : 良謙和上遺芳集』法隆寺、1965年、p.342-344。
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