ブラック・オア・ホワイト

曖昧さ回避 この項目では、マイケル・ジャクソンの楽曲について説明しています。浅倉大介の楽曲については「BLACK OR WHITE?」をご覧ください。
ブラック・オア・ホワイト
マイケル・ジャクソンシングル
初出アルバム『デンジャラス』
リリース
録音 1991年
ジャンル ポップス・ロック
時間
レーベル エピック・レコード
作詞・作曲 マイケル・ジャクソン
ビル・ボットレル
プロデュース マイケル・ジャクソン
ビル・ボットレル
チャート最高順位
  • 1位(アメリカ・イギリス他)
マイケル・ジャクソン シングル 年表
リベリアン・ガール
(1989年 (1989)
ブラック・オア・ホワイト
(1991年 (1991)
リメンバー・ザ・タイム
(1992年 (1992)
ミュージックビデオ
「Black Or White」 - YouTube
テンプレートを表示

ブラック・オア・ホワイト」(Black or White)は、1991年10月にリリースされたマイケル・ジャクソンのシングル。

概要

アルバム『デンジャラス』からの先行シングル。作詞・作曲はマイケル・ジャクソンとビル・ボットレル。

曲が始まる前のイントロ部分(ショートフィルムではマコーレー・カルキンがギターの弾き真似をしている部分)でギターを弾いているのはガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュである。なお間違えられやすいが、曲中で聴けるメインのリフはスラッシュではなく、ビル・ボットレルによる演奏である(ただし、マイケルのソロデビュー30周年記念コンサートにスラッシュがゲスト出演した際には、このリフも含めて演奏したことがある)。

15か国以上のチャートで1位を獲得。日本では、当時マイケルも出演していたソニーのテレビ「KIRARA BASSO」のCMソングとして起用された。日本のオリコン洋楽シングルチャートでは1992年1月20日付から4週連続1位を獲得した[1]

ショートフィルムの監督はジョン・ランディス、共演にはマコーレー・カルキン。クロマキー合成や光学合成を多用した、スムーズな映像の差し替えや、映像のモーフィングを積極的に取り入れた。当時はまだ自動でモーフィングさせる技術がなく、編集作業はMacintoshを駆使して、1コマずつ手で映像を修正している。

ただ、後半の通称「パンサー・パート」と呼ばれるシーンに、マイケルがストリートで車を壊したり、ガラスを叩き割ったりする描写があるため、暴力的だとして論争となった。

フル・バージョンは時間が長い上に後半部には音楽がないため、ちょうど楽曲が終わる様々な人の表情をモーフィングで繋いだシーンのシークェンスまでを前半部として、テレビ放送などではこれ以降の部分を放送しないことも多かった。

「パンサー・パート」の終わった後、『ザ・シンプソンズ』のアニメでビデオが終わる。なお、導入部のシーンで登場する少年(マコーレー・カルキン)の父親が家の屋根を突き破って飛んでいくシーンは、『THIS IS IT』にも一瞬挿入されている。

小沢健二は、2003年に発売したアルバム『刹那』収録の「さよならなんて云えないよ」のギターリフはこの曲の引用であることを明かしている。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ コンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』の裏ジャケット。ナンバーワン 70s 80s 90s オリコン・ヒッツも参照。

外部リンク

  • The Official Michael Jackson Youtube Channel
1970年代
71年
  • 1. ガット・トゥ・ビー・ゼア
72年
73年
  • 6. ウィズ・ア・チャイルズ・ハート
  • 7. ミュージック・アンド・ミー
  • 8. おしゃれな恋
75年
  • 9. ウィアー・オールモスト・ゼア
  • 10. ジャスト・ア・リトル・ビット・オブ・ユー
78年
  • 11. イーズ・オン・ダウン・ザ・ロード
79年
1980年代
80年
81年
  • 19. 想い出の一日
82年
83年
87年
88年
89年
1990年代
91年
  • 38. ブラック・オア・ホワイト
92年
93年
95年
96年
97年
2000年代
01年
02年
03年
  • 59. ワン・モア・チャンス
08年
2010年代
10年
  • 63. Mind Is The Magic
  • 64. ホールド・マイ・ハンド
11年
14年
18年
  • 69. ドント・マター・トゥ・ミー
典拠管理データベース ウィキデータを編集
  • MusicBrainz作品